インターネットと書道の関係

By admin On 11月 16th, 2009

インターネット書道

ネットサーフィンをしていると、「インターネット書道」なるものを発見しました。マウスを筆にして、用意されたサイトのホワイトボード部分に字を書くというものです。単なるペイントか?と思ったのですが、使ってみるとこれがなかなか楽しめる。きちんと強弱もつけられるし、毛筆のようなハネ方などを再現してくれる。
面白い機能が「録画機能」。自分が書いた順番を録画しておいて、そのまま再現してみることができる。残念ながら採点機能などはないのですが、これを応用すると通信教育で書道ができそうな気もしました。
インターネット書道

画像検索で書道を楽しむ

自分で書くのはなかなか大変ですが、人の書いた書道を鑑賞するのはなかなか楽しいものです。有名な書道家が書いたものになると何か芸術作品を見ているような気すらしてきます。
Googleなどの画像検索で書道をひくと、実は色んな人が書いたものがでてきます。簡単に人の書道を鑑賞することができます。
youtubeなどを使っても、実はいくつか書道のコンテンツを楽しむことができます。ネットと和の融合というか、何か不思議な気持ちです。

インターネット書道教室というののがやっぱり存在した!

先にインターネット書道のお話をしましたが、調べていると「日本インターネット書道協会」なるものが本当に存在していました。
どんな活動をしているんだろう?
ホームページから理念を抜粋してみましょう。

日本インターネット書道協会は、「書」を広く国内外に宣揚し、書道の普及、書道芸術の高揚および書道教育の振興を図ることを目的とするものです。

現在のIT社会に対応し、インターネット上のホームページにおいて「書」に関する情報の提供やコミュニティ作りを行い、内外の書道展の展覧、ネット上での公募書道展の開催、書道史の解説、書道に関する広汎な知識の掲載などを、スピィーディー且つ簡便に行い、日本国内のみならず世界中の人々が「書」という文化芸術に親しむことのできる環境を提供します。

インターネットを通じた様々な活動は、日本の書道文化芸術の宣揚のみならず、時代に即した形での伝承普及に大きく貢献するものと確信します。

とのことでした。いやー色んな団体が存在するものだと思いました。
日本インターネット書道協会に興味のある方は、こちら。
http://www.nisk.jp/goannai/index.html

書道専門サイト

By admin On 11月 16th, 2009

書道専門のサイト?

おそらく書道家の方が制作されているであろう、書道のホームページを発見しました。
サイトのタイトルも「書道」!きっぱり、さっぱり、和の匂いが漂います。
作品の紹介、販売、ニュースと盛りだくさんです。
ただ残念ながら私のブラウザでは多くのメニューが表示できなかったり工事中だったりして少し残念でした。
各作家の展覧会活動掲載予定!などは興味あったのですが。ざんねーん。

書道美術館

By admin On 11月 16th, 2009

書道美術館?

安芸市にありました。書道美術館という施設が。いやー本当に色んなものが存在しますね。
昭和57年に全国初の公立書道美術館として開館したそうな。いや、まて。では、私立書道美術館なるものが存在しているのでしょうか!?という疑問は次回にまわして、早速内容を。

常設展
展示は6室にわかれ、常時150点程度を展示しています。現在約1,250余点の作品を収蔵し、年数回の展示替えをしています。

図書館
古典、名蹟、作品集、書道関係専門書、資料、誌紙等約3,200冊を収蔵し自由に閲覧できます。

「透徹極其意」川谷横雲書
<川谷横雲(かわたに おううん)>
明治7年6月〜昭和29年12月。安芸市に生まれる。川谷尚亭は実弟。明治43年上京し、日下部鳴鶴に師事し、大いに書名を挙げる。帰郷後男女師範学校及び県立第二高女に奉職し、25年間師弟の育成に尽くしました。先生はひたすら後進の育成と書法の練磨に専念されました。

「瀟灑風流」川谷尚亭書
<川谷尚亭(かわたに しょうてい)>
明治19年3月〜昭和18年1月。安芸市に生まれる。川谷横雲は実兄。県立第三中学校を卒業後、上海東亜同文書院に留学しましたが、病気のため帰国し、書に志を抱き、兄横雲の勧めで近藤雪竹に師事。この頃より朝夕五合の墨水で毎日8〜9時間の練磨を重ね、3〜4年で早くも頭角をあらわしました。
日下部鳴鶴より雪竹門の麒麟児と称されました。大正13年大阪に移住し、甲子書道会を設立。雑誌書の研究を創刊し高遇鋭利な論説、王義之を基調に和漢を純化融合して清新独特の品格を備えた書風を確立。書道史大観等を刊行しました。

「一盲引衆盲」手島右卿書
<手島右卿(てしま ゆうけい)>
明治34年11月〜昭和62年3月。安芸市に生まれる。高松慕真、南不乗は実弟。川谷尚亭、比田井天来に師事する。幼少より書画に志を抱き、和漢の古典を学び尽くしてその奥義を極め、書は人間の霊知の所産であるとして、東洋的な精神性と現代的感覚を融合して全く新しい分野の象書を創始し、広く書道芸術の国際的評価を確立されました。
また、終生独立書人団会頭、日本書道専門学校長として、後進の育成と書芸のあり方を深く追求されました。文化功労者。安芸市名誉市民。

「看華出洞」高松慕真書   <高松慕真(たかまつ ぼしん)>
明治41年10月〜昭和52年11月。安芸市に生まれる。手島右卿は実兄、南不乗は実弟。山崎大抱、山本大挙らと共に「南海書聖」設立に尽力し、また理論的革命家として社会運動にも挺身しました。中央での活躍は、戦前第1回日本書道院展での最高賞の受賞に始まり、戦後には兄・右卿が会頭であった独立書人団創立に参画し、主体的に活躍しました。
地元高知では昭和21年、戦後いち早く「墨線美術協会」を興して主宰し、高知県書道界の発展に貢献しました。その人柄を知る人からは「ぼしんさん」と呼ばれ、また、酒を好み「酒仙道人」とも評されていました。

「心月」南不乗書
<南 不乗(みなみ ふじょう)>     大正3年1月〜平成3年3月。安芸市に生まれる。手島右卿、高松慕真は実兄。
天性の資質に加え、若きより書に志し川谷尚亭に師事する。書芸一筋60有余年昭和36年に現日会を結成し、同人代表となり、また山草会を主宰する。
日展参加等の薦めにも自節を曲げず、野に在りて孤高を貫き、書壇に自由と清新の気を叫ぶ豪放繊細、奔放自在、無限のロマンを持っていました。昭和57年安芸市に全国初の公立書道館創設に尽力されました。昭和54年安芸市名誉市民。

などが展示されている内容のようです。

私立書道美術館で検索すると

日本書道美術館というところがGoogleでは最上部にヒットします。その昔、美智子皇后が訪れたこともある、全国でも数少ない書道に関する民間の美術館です。 とのこと。
内容の詳細は何も記載がありませんでしたが、その名称から書道に関連した様々なものが多く展示されているであろうことは簡単に想像できます。
板橋区のホームページで紹介されていました。

日本書道美術館

書き初めとは?

By admin On 11月 13th, 2009

書き初め(かきぞめ)とは、年が明けて初めて毛筆で書や絵をかく行事のことを指します。1月2日に通常は行なわれます。

もともとは宮中で行われていた儀式だったようですが、江戸時代以降に庶民に広がったと言われています。

毎年1月5日には日本武道館で財団法人・日本武道館が主催する書道事業の行事として全日本書初め大会が約4,000人を集めて催されています。

書く事の大切さ

By admin On 11月 10th, 2009

最近、パソコン入力ばっかりでよく漢字を思い出せなくなる。読むのは何とかなるが、書く方がだめ。カタカナでさえ忘れてしまいそうになるので少し焦ってしまう。

日本語というのは世界の中で最も難しい部類だと聞く。他の国の言葉は概ね一つの言葉を覚えればよい。英語ならアルファベット。日本語の場合は、ひらがな、カタカナ、漢字、漢字も音読みと訓読みなどというものが存在する。文字も色んな書き方があり、達筆の人が書く字はそれはそれでなかなか解読しにくいものだったりもする。

日本人である以上、こうした文化を守って行きたいところである。

最近ペン習字などを習うOLやサラリーマンが増えていると聞く。漢字検定なんかも一時人気だった。書道もじわじわと盛り上がっていると聞く。調べてみると、東京に東京書芸学園などという施設があるようだ。他にもいくつかの書道を教える学校ができているみたいだ。昔は書道といえば上手な先生に習いに行っていたものだが、今では学校まで存在する。世の中変わったものだと思う。しかし、こうした施設は我々年配の人間のためにこそ存在しているのかもしれないとも思う。